船岡山から大徳寺へと広がる”紫野“は、王朝の昔、貴族が折々の自然に遊んだ風雅な地です。二十一年前この地名をいただき〈紫野源水〉を開いたのは、江戸時代より続く京菓子司の三男坊の井上茂さんです。
「お菓子には作る人の個性が出ます。『私が創意工夫し、私が作ったお菓子を、お客様に召し上がっていただく』と親元から独立し、今でも弟子は一切取りません」
と、四季の和菓子が並ぶショーケースの奥から、菓子作りに妥協を許さない井上さんは力強くその信条を話されました。しかし、菓子作り以外は奥様任せ、お客様の応対に発送にと随分お忙しい様子です。
「現代の人々が求められるのは甘さ控えめの和菓子。でも、単に砂糖の量を減らすだけではダメなんです。素材の良さを引き立てる甘さでないとね。味だけではなく、見た目の形や色彩も大切です。昔ながらの”和の色“は、単色で見るとくすんで見えるかも知れません。しかし、二つの色が重なる、その微妙な重なり具合によって、美しい和菓子の世界が出来上がるんです。お菓子は『パクッ』と食べてしまえばおしまいです。けれど、たった一つお菓子がそこにあるだけで、全く異なる”景色“を創り上げるような、そんなお菓子が作りたいですねえ」その言葉は、風雅や侘び・さびを極める伝統的な京文化そのものです。
夏、〈紫野源水〉のショーケースには、ごま風味の水羊羹を煎茶茶碗に入れた「涼一滴」、朝顔をかたどったお菓子に、加賀千代の俳句から名を付けた「もらい水」などが並びます。その一つを買い、我が家に置いてみるだけで、スーッと涼風が吹くような景色が現われてきます。そして、だんだんお菓子を口に入れるのが惜しくなってくるかも!?

沢辺の螢 |
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なかなか思うように休日も取れない
井上さん。たまの休みには美術館へ。 「古い日本画と対しながら、
和の世界を深めていきます」。 |
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